コラム

不遇の天才ハメス・ロドリゲス~恩師アンチェロッティと3度目の再会~

「指揮官が元教え子の獲得を要望している」

サッカーの移籍話においてよく耳にする言葉だが報道のわりに実現するケースは多くない印象だ。むしろ飛ばし記事の常套手段にも思えてくる。

しかしカルロ・アンチェロッティとハメス・ロドリゲスの関係は本物だ。

移籍市場においてこの2人はことあるごとに噂に挙がり、そして今月3度目の再会を果たすこととなる。

師弟の出会い

アンチェロッティとハメスが師弟関係として巡り合ったのは2014年夏、ハメスがレアル・マドリードへ移籍してきたときだった。

当時ブラジルW杯で得点王に輝き、スターダムを一気に駆け上がっていたハメスには背番号「10」が与えられた。

前半戦、チームは公式戦22連勝を記録するなど前年のCL王者らしく順調にシーズンを送っていたが、後半戦に調子を落とし主要タイトル無冠に。

 

そんな中でもハメスはマドリー1年目にして公式戦46試合17ゴール18アシストの圧倒的な成績を残し、完全にチームの中心的存在となった。

第35節セビージャ戦前には出待ちしていたファンがハメスと写真を撮るべく携帯電話をベイルに渡して撮影を求める場面が話題となった。ファンの強心臓っぷりにも驚きだが、1年先にやってきたギャラクティコを差し置いて地位を確立したと感じたエピソードだった。(ベイルはこのシーズン特に批判を浴びていたという背景もある。)

 

一方で指揮官アンチェロッティはシーズン終了後に解任。選手からの信頼は非常に厚かったが、主要タイトルを全て落として指揮を続けられるほどマドリーは甘くない。

この恩師との別れがハメスの不遇なキャリアの始まりとなる。

不遇の始まり

2015-16シーズン、後任監督に選ばれたのはラファ・ベニテスだった。

彼は守備の規律を求める監督でありマドリーの選手には全く受け入れられなかった。わずか7カ月の解任となるわけだが、今となってはジダン政権CL三連覇のいい踏み台だったと思える。

 

ベニテス政権下でハメスが初スタメン出場したのが第2節ベティス戦。この試合を見たとき私は今年はハメスの年になると確信した。

オーバーヘッドに角度のきつい直接FKでゴラッソ2発。チームも5得点の大勝だった。

しかし私のその勝手な確信は大きく外れ、結果的にこのベティス戦がハメスにとってシーズン最大のハイライトとなる。

ベニテスはペレス会長の思惑もあり、ベイルを中心としたチーム作りを目指していた。そんなチームの中で、ベティス戦直後の代表戦で負傷離脱もあり遅れをとったハメスは、復帰後のパフォーマンスは別人のように優れずベニテスからの信頼を得られずにいた。

 

2016年1月、2人の関係を修復する時間もなく成績不振でベニテスは解任、そしてジダン監督の誕生だ。馬の合わなかったベニテスとお別れできたものの、ジダンの存在が実質的にハメスのマドリーでのキャリアを萎ませることとなる。

就任して2カ月ほどでカゼミロを抜擢。絶対的存在となるモドリッチ、クロース、カゼミロの中盤ユニットが組まれ、準スタメン的な立ち位置はイスコが確保した。

2016-17シーズン終了までハメスに与えられたプレー時間は主力組の半分程度。モラタやアセンシオなどと共に強いBチームを形成するも大事な試合ではスタメンを外れ、ジダンにとってハメスがファーストチョイスであった時期は一度もなかった。

そして2018年夏に転機が訪れる。

再会

バイエルン・ミュンヘンを指揮するアンチェロッティから声がかかったのだ。

ベニテス、ジダンから信頼を得られなかったマドリー時代において、唯一自身を重用してくれた存在で信頼関係は厚い。

きっかけはアンチェロッティからハメスへ直接かけた1本の電話で、それからわずか4日後にバイエルンへの2年間のレンタル移籍が正式発表された。

恩師の誘いに即決して臨んだドイツの地に臨んだハメスだったが、新天地でも度重なる監督交代に見舞われることになる。

 

度重なる不運

シーズン開幕して早々の9月に成績不振でアンチェロッティは解任された。自身の獲得を強く熱望してくれた恩師の解任はハメスにとって大きな失望だったことは想像に難くない。

それでも後任となったユップ・ハインケス監督の下では重用され、バイエルン1年目で再び自分の価値を証明することに成功。それはマドリー1年目ほどではないかもしれないが、それに近い輝きを見せた。

 

ところがまたもハメスに監督運の悪さが立ちはだかる。自分を重用してくれたハインケスは自身の年齢もあり退任。

後任となったのがニコ・コバチだった。

彼の元では信頼を得ることができず。負傷離脱もあって出場機会は少なく、再び不満の溜まるシーズンとなってしまった。バイエルンは買取オプションを行使することも可能でルンメニゲ会長はハメスに残ってほしかったようだが、ハメスは退団を希望。

 

そして2019年夏、マドリーに復帰して待ち構えていたのがジダンだった。ロペテギ、ソラーリの成績不振を受けて少し前の3月に招聘しジダン2次政権がスタートしていた。

ジダンとハメスの冷えた関係は誰が見ても明らか。

コバチの元を離れマドリーに帰る直前にジダンが復帰してくるのだから運がない。2014年マドリー加入から追い始めて最もハメスが不憫に思えた瞬間だった。

 

この時2019年夏にも当時ナポリを指揮していたアンチェロッティがハメスを熱望していたが、マドリーが拒否し実現しなかった。

2019-20シーズン、ジダンの元で出場機会はほとんど得られず、マドリーでのキャリアにおいても最低のシーズンを過ごすことになる。

そして2020年夏、もはや恒例とも言えるアンチェロッティからのアプローチが場所を変えて再び。

3度目の正直へ

今度はプレミアからだ。昨年ナポリで実現しなかった教え子の獲得がエバートンで実現した。2019年12月からアンチェロッティが指揮している。

これでアンチェロッティとハメスがタッグを組むのはマドリー、バイエルンに続き3度目となる。

 

ここでは「不運」「不遇」という言葉を使ってきたが、異なる監督の下で適応できなかっただけと言えばそれまでかもしれないし、ハメスのようなファンタジスタは専ら現代ではポジションがないとも言われている。

だがアンチェロッティはクラブが変わってもハメスを求め、ハメスも喜んで彼の元へ向かう。アンチェロッティがハメスを指導した期間はマドリーで1年、バイエルンで2カ月程度だが2人の信頼関係は厚い。

 

これまでマドリーでは主要タイトル無冠、バイエルンでは成績不振で解任という結末を迎えてきたが、エバートンで3度目の正直となることはできるのだろうか。

クラブの格を考えたら今までよりもタイトル獲得は難しいようにも思うが、それでも2人の再会には期待せざるを得ない。

そして不遇な扱いだったマドリーから解き放たれ、思う存分フットボールを楽しんでほしい限りだ。

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